
CAPOEIRA UNIVERSAL
創始者


二つのハンデを乗り越えて
インストラクター


鈴木 湖太郎
8歳の頃に近所の駄菓子屋のビデオゲームで見たのがカポエイラとの出会い。
10代になり兄の誘いでアバダ・カポエイラで修練を始め、翌年にはブラジルへ。
現地の水道局でアルバイトをしながらリオ本部にて修行。
現在の師に弟子入りしてからは、リオ郊外のファヴェーラの中で一人生活をすることで、カポエイラのテクニックのみならず、ブラジル文化とその背景にある精神基盤を学ぶ。
拠点のリオにて練習・指導・大会出場をする傍ら、ブラジル伝統芸能グループに所属し、ブラジル各地でパフォーマンス。
ブラジルで生活すること計5年、活動拠点を地元東京に移し、「東京に本場のカポエイラを」をモットーにリトル・リオデジャネイロを作るべく鋭意指導中。
(英語・ポルトガル語上級レベル)
- NHK総合『明鏡止水~蹴って蹴って蹴りまくる~』出演
- 集英社カポエイラ漫画「バトゥーキ」登場キャラ 咬泉のモデル
- カポエイラドキュメンタリー映画「カポエイラ・イルミナーダ」字幕翻訳
メッセージ
はじめまして。支部長の鈴木湖太郎(こたろう)です。
長年、ブラジルを拠点にカポエイラの稽古、指導、研究に打ち込んできましたが、本場で学んでいるカポエイラを日本にも広めるべく、2019年の帰国より地元東京で指導を始めました。
カポエイラを通して、強い身体や柔軟な頭を手に入れるだけでなく、自身が秘めている芸術性の表現の方法を知っていただけたらと思います。
東京にカポエイラの文化が根付く日を目標として、日々指導と鍛錬をしています。
カポエイラの指導者を目指すきっかけ
私が指導者になろうと決めたのは初めてブラジルに行った19歳の時でした。
そのきっかけを作ってくれたのが当時の先生です。先生が整えてくれた環境に身を置き、本部で稽古をしながら、様々な刺激を受けた1ヶ月間。
トップレベルのアスリートが激しくしのぎを削りながら臨む稽古。そのアスリート達が小さな子供達や高齢者に優しく教える稽古。聾唖学校で手話を通じて行われる特別クラス。黒人奴隷の歴史に関する座学。全てがカポエイラを通した教育であり、それは一つの文化でした。
どのような形であれ、自分もその一端を担いたいと漠然と思いました。
何故カポエイラなのか
一方、あらゆる事が予定通りに進まず、常に臨機応変な生き方を求められるブラジル。
機が訪れるまでは柔軟に楽しく、そしてチャンスが有れば逃さない。そんなブラジルの哲学をひとまとめにしたもの、それがカポエイラです。
誰しもが生まれた頃に持っていた自由な身体と心(発想)は、現代社会のルールの中で少しずつ凝り固まってしまい、成人を待たずして表現の仕方も忘れてしまいます。しかし忘れてしまうという事は元々は知っていたものなのです。
カポエイラではその方法を「格闘技」の稽古をすることで再習得します。
身を守るための技術の習得と、柔軟な心身を手に入れる事は、思ったほど難しいことではありません。
カポエイラ文化には、現代の我々日本人が生きづらいと感じている日々を、生きやすくする知恵が詰まっていると信じています。
代表 鈴木 湖太郎
インストラクター略歴
| 2002年3月(18歳) | アバダ・カポエイラ東京にてカポエイラを始める |
| 2005年4月(21歳) | アバダカポエイラリオ本部にて1年間修業 |
| 2008年8月(24歳) | メストレ・モビリアに師事 ブラジル各地で半年の修行 |
| 2011年12月(28歳) | ブラジルで半年の修行後、指導者の帯(青)を取得 沖縄でクラススタート |
| 2013年8月(29歳) | アバダ・カポエイラ日本オープンにて、総合&その他2部門で優勝 ブラジルにて緑帯を取得 アバダ・カポエイラ世界大会に日本代表で出場 |
| 2015年8月(31歳) | アバダ・カポエイラ世界大会に日本代表で出場 緑紫帯を取得 |
| 2016年7月(32歳) | リオデジャネイロ移住 し稽古・大会出場・現地での指導の生活 |
| 2017年8月(33歳) | アバダ・カポエイラ世界大会に日本代表で出場 |
| 2018年8月(34歳) | ブラジル全国大会にてインストゥルトールの帯(紫)取得 |
| 2019年4月(35歳) | 2年半のブラジル生活を終えて帰国 東京にてカポエイラ指導開始 |
| 2021年12月(37歳) | サンフランシスコにて紫茶帯を取得 |
| 2023年8月(39歳) | アバダ・カポエイラ世界大会に日本代表で出場 |
| 2025年4月(41歳) | 師の独立に伴いアバダ・カポエイラ脱退。 「カポエイラ・ウニヴェルサウ・ジャパン」創始 |
